[定休日以外毎日出荷中] 0062 【片側A品】スーパーグレート ステンレス マッドガード ウロコ柄 外装、エアロパーツ
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カテゴリー:自動車・オートバイ>>>自動車パーツ>>>外装、エアロパーツ
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舞台保存会だより112 東町の舞台

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東町を中心とした女鳥羽川以北の北深志地区には、かつて11台の舞台が在ったといいます。舞台は北深志の産土様である岡宮神社の例祭に曳かれていました。ところが、昭和30年代ごろと聞いていますが、これらの舞台は、或いは売却され或いは破却されるなどして町から姿を消しました。唯一残ったのが東町2丁目舞台ということになります。


(岡宮神社 北深志29ヶ町の氏神様です)

なぜ舞台が失われたのか、どこへ売られていったのか、詳しいことは分かりません。理由については道路の改良、或いは拡幅工事が行われたため舞台庫が保持できなくなり、舞台自体も売られたりしていったという話を聞きます。車庫がないから車が持てないという理屈で、本当に車を持ちたければ車庫は借りてでも何とかするものですが、どうなのでしょうか。いや、他所の町のことではありますし、余分な詮索はしないようにします。

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(東町2丁目の街並み やや雑然としていますが個人商店がまだ頑張っています)

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(東町2丁目舞台庫 岡宮神社の隣 前はごみステーションとして活用されているようです)

昭和30年代というのは高度経済成長が始まり、町の姿・家の形、そして人の考え方も急激に変わっていった時代だったと思います。東京タワーや新幹線に象徴されるような新しいもの、先進的なものが持て囃されました。日本中が前だけ見て走っていた時代だったと思います。舞台のようなものに対する考え方は、相当難しいことがあったのではないでしょうか。

舞台庫と言えば、正確な年は判りませんが天神の舞台庫も丁度この頃建て代わっています。現在の「まつもと市民芸術館」の前身、旧「松本市民会館」が建設される前、あの場所は「深志公園」と言ってグランドや動物園まで併設した市民公園でしたが、その敷地の西側に元の舞台庫がありました。舞台庫は土蔵風の造りで、一棟ずつ建てられ、東向きに並んでいました。写真で見る限りそれぞれ立派な造りで、今の舞台庫とは比較になりません。

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(昭和17年頃とされる深志公園風景 運動会か? 背景に舞台庫が並ぶ)

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(昭和9年 本町2丁目舞台竣工写真 背後に舞台庫が見える)

(旧舞台庫の写真は滅多になく非常に貴重です もしお持ちの方がいたらご連絡ください)

ところがどうやら昭和30年代の前半にこの舞台庫はすべてなくなり、深志神社と全久院の間の現在の場所に移っています。総ブロック積み連結型長屋式舞台庫です。移転の理由はやはりよく判らない。個々に引っ越したのではなく纏まって動いていますから組織的移転で、多分市民会館の建設に伴って場所を空ける必要に迫られたのだと考えられます。ところが、その後跡地に建ったのはSBCと食堂・商店ですので(現在は普通の住宅)、なんとも不可解。何のための移転だったのでしょうか。

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(現在の天神舞台庫ここに10台収まる) (かつて舞台庫が並んでいた場所)

いずれにせよ昭和30年代の初め頃、松本の舞台と舞台庫は非常に不安定な立場に置かれていたらしい。当時は文化財でも何でもありませんから、どこかへ売られようが処分されようが、勝手だったのでしょう。南深志の舞台は幸いにして新しい舞台庫に収まって生き永らえた。しかし北深志の舞台は行き所がなくなり、町から消えていったということのようです。

それにしても10台からの舞台が、どこへ行ってしまったのでしょうか?今もどこかに残っているのか?曳かれているのか?そもそもどの町が舞台を保有していたのか?

とりあえず東町三町にはそれぞれ舞台が在ったはずですから、その行方だけでも知りたいものだと、考えていました。

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(東町1丁目界隈の風景 ほとんど昭和の建物ですがどことなく町屋風)

平成25年の秋のことですが、先日亡くなった大藏さんから連絡があり、「今度、島内東方の舞台が修理をするので時間があったら見に行ったら。」とのこと。加えて、

「あの舞台は、元は東町の舞台かも知れないよ。金具に町の名前が彫ってあるだよ。」と。

島内の東方はJR大糸線・島内駅の北方一円で、島内大宮神社の氏子になります。大宮神社の祭礼は4月の中頃、確か4台の舞台が曳かれているはずですが、祭りの重なる忙しい日なのでその様子を見たことはありません。東方の舞台もその改修修祓式で初めて見ることになりました。


(島内東方舞台)

その日の朝、神事を終えた後、舞台を拝見しました。かなり大きな舞台です。サイズ的には本町1丁目舞台などと競う大きさではないでしょうか。装飾はセオリーどおり要所に彫刻や錺金具が施されています。彫刻は浅彫りで、所謂専門の彫刻師の作ではなさそう。舞台を造った大工さんの仕事かと思われます。全体にザックリとしたつくりの舞台でした。

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(東型舞台の彫刻)

大藏さんに教えられた金具を探すと、二階勾欄下台座の木口金具にそれはありました。立派な金具です。専門の職人の手になる錺金具でしょう。鏨(タガネ)で鶴・亀の絵が刻まれ、その鶴が銜えた短冊に『松本市東町一丁目』と刻銘されています。なかなか洒落たデザインです。

ふつうこんな場所に町名を刻むことはないのですが、敢えて刻銘してあるということは、この舞台が東町1丁目の舞台だという明示なのでしょう。売却されたのかどうしたのか、詳しい事情は分かりませんが、島内東方舞台は元の東町1丁目舞台なのだろうと思われます。

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(東方舞台の錺金具) (町名の刻銘がはっきり読める)

このほかにも東町1丁目には、町内の倉庫に動かない舞台が1台眠っているそうです。一度見てみたいのですが、伝手がなく実見したことはありません。恐らく本町1丁目や2丁目にも残っているような古い簡易型舞台ではないでしょうか。

周りからは「修理して動かしたら?」という意見もあるようですが、行事ごととなりますし、こうしたものの復活はなかなか難しそうです。

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(東町3丁目界隈)

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すると暫くして、元の東町3丁目町会長で、四柱神社の総代をされている今井常雄さんと知り合う機会を得ました。七十代後半とお見受けしますが、細身でどことなく飄然とした雰囲気を漂わせた紳士です。今井さんは東町通りの南端に近い大橋の近くで染物屋さんを営んでいます。京染店と大きな看板を掲げています。

染屋という職業も昔は花形でしたが、近年はもはやレッドリストに掲示される職種です。松本は湧水が豊富ですから嘗ては件数も多くたいへん盛んだった紺屋さんですが、現在では十指に満たぬほどとなりました。そして大半の店が後継もなく、当代限りで細々と永らえているような有り様です。

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(今井京染店 隣の小路は山辺小路) (今井常雄さん 神道祭にて)

今井さんのお店もそのような風情とお見受けしましたが、ご自身はあまり苦にする様子もありません。世間にも時代にも恬然として、飄々と我が道をゆく、そんな風な方でした。

私が東町3丁目の舞台のことを聞くと、氏は記憶の海に船出するような遥かに遠い目をして考えていましたが、暫くして、

「ああ、在ったね。」と言いました。

「やはり在ったんですか。…で、その舞台はどうしたんでしょう?どこかに売却したとか。」

「いや、もうないね。無いと思うよ。」

今井さんによると、舞台の行方は分からないとのこと。売っていればどこかに在ると聞くはずだけど、そうしたことは聞かないから解体されたのではないか、とのことでした。

「写真なんかは、残っていませんか?」

今井さんはまた少し考えてから、

「あるよ。公民館に写真が残っていたと思うから。」と言って、東町3丁目の公民館に連れて行ってくれました。

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(鎮神社とその由緒書き 小祠ながら松本城下町にとって重要なお宮です)

東町3丁目の公民館は、女鳥羽川沿いの小祠・鎮神社の奥にありました。鎮神社は東町3丁目の守護神社です。そして公民館は、もともとは神社の社務所だった建物と思われます。

「これだよ。」と言って、今井さんは公民館の鴨居に掲げられた数枚の写真を指さしました。

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(東町3丁目舞台の写真)

初めて見る東町3丁目舞台は、写真で見る限りかなり小型で簡素な造りで、素朴な山車と感じました。簡素とか素朴とか言えば表現が穏やかですが、はっきり言って雑な作りで、山車などまったく手掛けたことのない大工さんが、在り合わせの材料でその形に作ってみた、という感じの舞台です。勾欄なども丸材でなく、ただの角材や板のようです。せっかく拝見しても「ははー、なるほど。」と相槌を打つより仕方がありませんでした。

写真を見ているうち今井さんはいろいろ思い出したらしく、その隣の写真について説明し始めました。

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「廃車…式、ですか…。」

(舞台廃車式の記念写真 2列目左から3番目の青年が今井さんだそうです)

舞台の竣工式の写真というのはたくさん見ましたが、廃車式の写真というのは初めて見ました。そんな儀式をやろうというのがしおらしい。神事もあったのでしょうか?

それにしても儀式をしてまでなぜ舞台を廃車にしたのか。今井さんもよく覚えていないとのことでしたが、町の人にもう舞台を曳く気がなくなったからのようです。ほかの町も舞台がなくなって、曳き続けることに気がさしたのでしょうか。もういいだろうと。

舞台の写真を見ていると、それはなんとなく納得します。

「それで廃車にした舞台は、その後どうなったんでしょう?」

「分からない。当時の役員がどうかしたはずだけどね。私は聞いてないんだ。」

ついでに今井さんは隣の写真を指さして、

「で、舞台をやめて子ども神輿にした。昔は子供が多かったから賑やかだったね。でも最近は子供もいなくなって。…今度は神輿が廃車かな。…ハハハっ。」


(東町3丁目子ども神輿の写真 廃車式と同じ昭和40年頃なら子供たちは現在60歳前後でしょうか)

初めて見た東町3丁目の舞台ですが、公民館に飾られた舞台の写真を仰ぎ見ていると、妙に切ないような気持ちが膨らんできました。昔飼っていた牛が売られていった時のような。なんともセンチメンタルな心持ちになりました。


(鎮神社と公民館が入る町屋風建物 屋上にエアコン室外機を載せるさまも趣深い)

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